小津安二郎私見



ローポジション

小津のローポジションがどれくらいの高さであったかは、 当然画面にはっきり表れている。 テーブルや机の上面の見え方とか、家具や建具から分かる消失点から見ると、 画面の下から1/4とか1/3くらいのところにあることが分かる。 室内で全身が映っているような場面では、膝くらいの高さが多い。
このカメラの位置の決め方には、垂直線も考慮されていたと思われる。 カメラをローポシションに置いて上向きに撮れば、 カメラが傾くほど、当然垂直線は傾いて上に絞られたようになる。 しかし画面を見ていても、垂直線は傾いていないように見える。 そのために初めは小津はいわゆるアオリ撮影をしたのかと思ったのだが、 少なくとも小津の映画のカメラにそんな仕掛けはない。 結局、垂直線の傾きが目立たなくなるように撮った、 つまり小津は、垂直線が傾いて見えないように 配慮しながら撮ったということである。
一般論として、垂直線の傾きは画面の左右両端で目立つ。 小津の画面をよく見ると、 画面の左右両端にある垂直線の、 傾くと目立つ側の垂直線ができるだけ垂直に見えるように、 厳密にいえば微妙にカメラを傾けて撮っているように思われる。
また小津は、少し望遠気味の50ミリレンズを使った。 それしか使わなかったという。 この理由として、カメラを少し上向きにしても、 左右両端で垂直線が傾くのが目立たないということがあったかもしれない。 ヴェンダースは「東京画」で、小津がよく撮ったバーなどのある小路を、 自分の標準レンズと小津の50ミリレンズとで撮って比べている。 よく見てみると、確かに両端での垂直線の傾きが違う。
演技も含めて、小津は落ち着いた画面を好んだ。 モノクロの「東京物語」でも、カラーの「秋刀魚の味」でも、 それは変らない。 ローポジションも、下のものが大きめに、上のものが小さめに映る、 その落ち着いた画を好んだからではないだろうか。 また、垂直線がはっきり傾くようなダイナミックな画面は好まなかった。 ということはカメラはあまり上向きにはできない。 するとカメラの高さは、 自然に画面の下から1/3か1/4あたりに落ち着くもののように思う。 (FK 2006年7月8日)


《追記》 ローアングルとローポジション
ローアングルはカメラを下から上向きの角度に構えることで、 ローポジションはカメラを低い位置に構えることだから、 本当は意味は少し違う。
小津の場合、上記のように上向きが目立たない範囲で撮っているのだから、 ローポジションという方が適当かと思う。 しかし、小津のカメラも少しではあって上向きになっているわけで、 実際には区別なく同じ意味の言葉としても使われる。 小津のキャメラマンだった厚田雄春のインタビューでも、 厚田はローアングルと言ったり、ローポジションと言ったり、 あまり細かくは区別していないように見える。 そうなると、どちらでもいいということになってしまうのだが。(笑) (FK 2010年4月15日)


《追記2》 小津のインタビュー
小津は 1936年に「一人息子」を撮った後、 新聞のインタビューで、カメラの位置の低いことについて 聞かれ答えている。

小津 「一体キャメラを低めにしたのは日本のセットでは どうも床に金をかけないので、床を出さない工夫に キャメラを上に向け出したので、その初めは喜劇の 「肉體美」の時でした。それから低目にして後に感じた のは、こうすると室内ではどうしても天井が出ましょう。 おかげではっきり立体感が出る。こんな事も私に この好みに一層こだわらせる一つの原因になって いましょう。」

一般に作家の本心は、あくまでも作品にあるものであって、 インタビューは見せかけにすぎない場合がある。 しかしこれは見せかけではないと思う。というのは、 小津の画面は落ちついた感じの画面であるにもかかわらず、 また立体感が抑えられる望遠気味のレンズを使っているにもかかわらず、 画面にはすごく立体感があって、テーブルの上の物の置き方とか、 そういうものに至るまで確かに立体感を出すような工夫がされている ように見えるからだ。 そして、「床を出さない工夫にキャメラを上に向け」て撮って みたら、結果として好みの絵になったという。 たしかに、発明発見物語にはそういう偶然からという話が多い。 小津のローアングルもそうであったようだ。 (FK 2010年10月28日)

参考図書 
小津安二郎物語 / 厚田雄春・蓮實重彦
小津安二郎全発言(1933〜1945) / 田中眞澄編

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